第101回全国高校サッカー選手権大会がもうすぐ決勝戦を迎えます。
鹿児島県・神村学園高校の福田師王(読み方:ふくだしおう)選手が大注目されていますね!
そこで気になる福田師王選手の出身小学校など学歴や、家族構成をまとめていきます。
そしてすでに内定先も決まっているのだとか・・・!
今回まとめていくのは
・福田師王の出身小学校・中学校
・福田師王の両親や兄弟など家族構成
・福田師王の内定先は?
という内容になっています。
福田師王の出身小学校・中学校
さっそく福田師王選手の学歴についてです。
出身小学校:鹿屋市立大姶良小学校
出身中学校:神村学園中等部
出身小学校:鹿屋市立大姶良小学校
小学校は地元の鹿屋市立大姶良小学校です。
サッカーを本格的に始めたのは小学校1年生からですが、4〜5歳くらいからボールを蹴って遊んでいたそうで、年に数回は幼児サッカーの試合に出ていたそうですよ!
小学校1年生のときに入ったサッカーチームは途中でチームが無くなりやめてしまします。
その後は主に自然の中で遊んでしたとのことで、木登りなど今の福田師王選手の土台になっているように感じます。
その後小学校2年生のときに近所の少年団に入りますが、小学校4年生のときに再度違うチームに変えました。
その理由が「真剣に本気でサッカーをしたい」というもの。
鹿屋地区トレセンの際、上手で憧れていた先輩に誘ってもらいました。
小学校の頃は背も低く細かったのでDFでしたが、1対1の守備が得意で粘り強いプレースタイルを評価され6年生で九州トレセンまでいきました。
※トレセン・・・個々の能力を高めるためのトレーニングセンター制度のこと。
出身中学校:神村学園中等部
中学校は神村学園中等部になります。
出身小学校から神村学園までは車で2時間かかるので、サッカーの練習もある中毎日通うのは無理がありますね。
中学から寮生活をしていたのか、近くにアパートを借りていた可能性があります。
なぜここまで遠い中学校に入学したのかはかっこよくて憧れたからとのこと。
「小学4年生のときに神村学園の試合を初めて見て憧れたのがきっかけです。それはいまでも覚えています。神村学園のサッカーはドリブルやパスが主体で、ヒールパスとかもやっていて。『かっこいいな』って思ったんです。
そこから実際にいきたいと思ったのは、小学校6年生の夏ぐらいです。練習会に呼んでもらって、実際に参加してそこで決めました」
引用元:サカイク
中学に入ってポジションがFWに変わったのですが、その理由は未だに不明ということで監督の先見の眼だったのでしょうか。
福田師王の両親や兄弟など家族構成
福田師王さんの家族は5人家族になります。
父親
母親
兄
福田師王
弟
父親・母親
父親・母親は一般人のためか名前などは公表されていません。
しかし毎日の食事は母親に考えて作ってもらっているそうで、献立は日本代表で出された食事を参考にタンパク質をしっかり摂るようにしているとのこと。
ストイックな福田師王選手は嫌いなものもしっかり食べて、体作りに励んでいます。
これに確実に答えている母親は料理もうまく愛情あふれる方だと容易に想像できますね。
また幼少期からサッカーに携わっていて、少年団の監督とも仲が良かったとのことで父親が地域活動をよくやっていたのでは?と想像できます。
新しいことが分かり次第追記していきますね。
兄弟
兄弟は3つ年上の兄、1歳下の弟がいます。
サッカーを始めたのは兄の影響だということですが、名前など詳しいことはわかっていません。
また1歳年下の弟とは放課後に、近所の野山で猿を探すなどして遊んだそうですよ!
兄弟についても分かり次第追記していきます。
福田師王の内定先は?
そんな福田師王さんは中学2年生まではプロになろうとも思っていなかったようです。
2年生の時から主力として活躍していた大迫塁選手には追いつこうと考えたこともなかったほど。
そんな福田師王選手は高校卒業後はドイツの1部リーグ ボルシアMGに内定が決まっています。
高校卒業後すぐに海外でプレイする選手はそう多くないですが、決断した理由は「このクラブが自分の成長にとって最高の場であると思ったから」だと言っています。
はじめは寮生活で、徐々に一人暮らしに切り替えていくプランだそうで、今後の活躍も楽しみです。
まとめ
今回まとめた内容は「福田師王の出身小学校はどこ?両親など家族構成や内定先も」でした。
・鹿屋市立大姶良小学校出身
・神村学園中等部出身
・5人家族(父親・母親・兄・本人・弟)
・内定先はドイツの1部リーグ ボルシアMG
福田師王選手の名前の由来は「人を導くことができるように。その道で最も優れた人となるように」とのことで、名前の通りその道で最も優れた人になりそうです。
今後も福田師王選手を応援していきたいと思います。